第3話「強くなれなかった」



彼女が私を刺そうとしていることは、すでに気付いていた。
理屈では説明できない、でも、私には分かったの

分かっていた。
それなのに、私はそれを避けようとはしなかった。
この際、いっそのこと死んでしまいたい、そう思ったの。
私が一番助けたい人を助けられない、そんな無力を残酷に突き付けてくる現実から、今すぐに逃げだしたかった。
本当に自分勝手よね、私は
本当に弱虫よね
だから、あなたを苦しみから救えないの。
かつて、あなたは私を救ってくれたけど、私にはあなたを救えない。
私は、あなたのように強くはなれなかった。
ごめんなさい、勝手に強くなった気でいて

私の人生が流れる。
これが走馬灯というやつか。
う、私はあなたのおかげで変われた。
あの日、あなたが私の学校に転校して来なかったら
そして私を止めてくれなかったら
私はとっくに、この世から消えていた。
あの憎きいじめっ子を殺して、自分も死ぬ、その手はずだった。
妹が勇気付けてくれたおかげで、私には一寸の迷いもなかった。

心底驚いた。
たしかに、強い意志を纏っている感じはあったけど、それでも、小柄なあなたに何かできるなんて、思いもしなかったから
あなたは何の躊躇もなく、私の突き出した刃物を素手で受け止めたのよね。
は血だらけなのに、あなたは痛そうな素振りを一つも見せない。
それどころか、私を叱って、そして抱きしめて、なぜか謝った。
わけが分からないけど、わけが分からないくらい嬉しかった。
あの時、私の苦しみの全ては雑魚になって、私の全てが希望で覆われたの。

いじめの事実が外部に漏洩することを恐れた学校は、今回のを警察にわないでおく代わりに、私に転校を強制した。
せっかく友達が出来た矢先の転校は嫌だったけど、不思議と、怖いという気持ちはなかった。
弱い自分はもういない。
私はもう、どこに行っても負ける気がしない。
きっと、彼女の強さが私の中に流れ込んで来たのだと思う
私は強くなった。

転校先は隣町だったけど、中学生の私には、少し遠すぎた
だから、中学生の間は一度も会えていない。
それでも、高校に通い始めると、電車に乗るのが当たり前になって、気軽に会いに行けるようになった。
何度会っても、彼女は変わらず、彼女だった。

幸い、ガタイの良かった私は、強い精神力を手に入れたことで、まさに鬼に金棒の状態だった。
女子のいじめ現場を制圧するなんて朝飯前だったし、親に懇願して合気道を習い始めると、男子でさえも、私に立ち向かえなくなった。
実は、全国大会にも出場出来るぐらいにまで合気道を極めたんだけど、その時に合気道協会の人間から、

「一般人との喧嘩は禁止」

と強くわれたので、私は合気道の方をけってやったわ。
私の敵は、選手じゃなくていじめっ子なの。

次第に、相手はいじめっ子から、理不尽な上司や会社、悪徳業者や詐欺集団に変わっていった。
ういえば、彼女の妹さんを助けたこともあったなぁ。
姉とは対照的に、妹さんは気弱な子だったけど、それでも芯に強いものがあることは分かった。
だから、今回の事は何とか乗り越えて、あの子には幸せを掴んでほしいなぁ。
きっと出来るよ。

私は強くなった。
誰にも負ける気がしない、無敵になった気分だ。
でも、私の強さは、物理的な強さ以外の何者でもなかった。
そんなことに、なぜ今の今まで気付くことができなかったのだろう。
自分の情けなさに、涙が止まらなかった。
私が強くいられたのは、ただ肉体的に恵まれていただけ
本当の強さなんて、これっぽっちも持っていなかった。

妹は私を心配して、声をかけてくれた。

何があったの?

私は、彼女が駅のホームから飛び降りようとしているのを目撃したこと、そしてそれを止めたことを、妹に話した。

でも、あの調子だと、再び自殺を図るに違いない。何とか助けてあげたい、でも、私には助ける力がない


偽物の強さ、それをようやく自覚したのは、変わり果てた親友を前にしての、無力を実感した時

遅すぎるよね

馬鹿みたいね、一人で強くなった気でいて。

本当は何も変わらない、ただの弱虫なのに。

結局、あなたを助ける気持ちよりも、自分が楽になりたいという感情優先してしまった。

でも、これが私の本性なの。

ごめんね、本当にごめんなさい。

あなたは、私を人殺しの道から救ってくれたのに、私はあなたを人殺しにしてしまった。

情けない

本当にごめん